途中まで

東北新幹線が開業した1983年は大宮までの暫定開業でした。なので当然大宮以南は建設されていません。ちょうどEF65-1000に牽引された貨物列車が入線される所です。脇に写っている配給貨車も懐かしや。
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早いもので

1981年10月に誕生し34年目を迎えた特急「踊り子」は現在も使用車両変わらず走っています。
185系といえば「踊り子」ですが私の場合はなぜか国鉄時代には1枚も撮影していませんでした。
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臨時列車として走っていた客車の「踊り子」です。185系の車内設備は貧弱でしたが14系客車、そうあの座席で特急はちょっと・・・。
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まだ183系の方がマシですね。
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いつまでもあるとは限らない

関東というか都内でやたら見かける住所のホーロー看板で下部に寄贈したスポンサー名が入っています。
しかし、そのスポンサーが無くなっていたり住所の町名が変わってしまい全く役に立たないものが今でもそのまま取り付けられているのが見られます。たまに見かけては「ああ、市外局番が4桁の頃か・・・」とセンチに浸ることもしばしばです。
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西武線の競艇場前駅すぐにありましたが先日通ったら撤去されてしまいました。
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月賦という単語も久しく聞いていません。

きっぷあれこれ

引き出しやあちこちを整理してたら空き箱に切符が入ってました。今回はその一部です。
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今はなき向ヶ丘遊園モノレール切符です。夏休みに遊園地プールへ行った際に購入したものです。まさかこの後、休止から廃止になるとは思いませんでした。
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こちらも廃止となった周遊きっぷです。大阪から「なは」で久留米、久大線の12系客車で大分へ抜け豊肥本線のキハ31で熊本へ、「有明」で博多-小倉、更に「あかつき」で京都というコースでした。乗った列車は殆ど廃止廃車となってしまいました。
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周遊きっぷの前身はミニ周遊券がありましたが非常に便利ですぐ買えるという事が魅力でした。急行自由席乗車OKでしたが急行自体絶滅危惧種で現在販売していても利用できません。

模型の資料に

身延線の313系3000代に乗りましたが模型で欲しくなりました。ただ在庫がなくなかなか手に入りそうにありません。いつか購入した際にと思い車体各部分を撮影してきました。
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クハ313-3004です。ステップの滑り止めは模型では表現されていませんのでトレジャータウンのTTD323B前面ステップ滑り止めがいいようです。
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ワンマンが基本運転なのでドアのシールは有無の確認と位置をしっかり見ないといけません。
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優先席シールは小さくちょっと見えにくいですね。
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検査標記は黒文字ですが転落防止幌があって見えにくく汚れています。

懐かしの荷物列車

1977年8月に毎年恒例の柏崎帰省で撮影した荷物列車です。
柏崎駅にEF81で牽引された列車は1番線に到着し荷物の積み下ろしを始めます。
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2・3番線には165系急行や「はくたか」が発着しているのになぜかマニ36と記念撮影する私・・・。

サボってました

しばらく更新をしていませんでした。多忙&暑いという理由で仕事から帰ってもやる気0でした。申し訳ありませんです・・・。
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過去に使用した旅の乗車券で誤魔化します。

はい、今から試験をしまーす

1988年に品川駅でクモヤ193の展示会?がありました。車内が見学できるという企画でしたが、それ以外に車両展示や物販は一切なく、車内見学は流石に列ができていましたがあまり人も多くありませんでした。
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現在は東芝府中にあるクモヤ83ですが何の試験をしていたのか不明です。
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JR総研にE233系モドキが2両ありますが、これも用途不明です。

復活!

1985年の夏休みに上野から高崎-長野-直江津を経由し柏崎へ出かけました。その際、高崎機関区に半ば放置されていたEF55が復活運転を行いました。この年はたまたま高崎へ行ったら運転日に当たり撮影する事ができました。
まずはスタート地点の上野駅
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今なら間違いなく大騒ぎになる485系ボンネット「ひたち」ですが当然撮影する人などいません。
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ぴっかぴかのEF55ですが数年前にとうとう走行できなくなり博物館入りしてしまいました。
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EF55と同じようにきれいにしてもらったスエ78ですが数年前?に残念ながら解体されてしまいました。
駅にいる人たちはEF55狙いですが私は上記2枚だけ撮影しあとは全力で無視し、下記のような車両ばかり撮影していました。
この頃から既にひねくれていたと思います。
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高崎線の115系
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この時はEF65-500が撮影の邪魔だ!と言われていましたが今となっては貴重です。
確か高崎発長野行き普通列車に乗り、長野から直江津行き普通列車に乗り継いでいますが写真が見当たりません。
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直江津では419系と初対面。



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【実車ガイド】1980(昭和55)年、国鉄は新しい勾配線区用機関車としてEF64-1000番台を投入

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赤電

常磐線といえばコレ!はオッサンの証でしょうか。つくば万博を機に白へ変わりステンレス車両に普通列車にグリーン車へと変貌を遂げ隔世の感があります。
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物思いにふける?上野駅駅員さんと415系
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藤代駅に停車中のクハ415-319で復刻塗装です。乗務員扉の取っ手や転落防止幌とか細けえこたぁいいんだよ。

北海道旅88

1988年8月末に北海道へ出かけました。行程は・・・
上野⇒急行「津軽」㋵⇒青森⇒<羊蹄丸>⇒函館㋵⇒長万部⇒東室蘭⇒室蘭⇒千歳空港⇒札幌㋵⇒小樽⇒札幌㋵⇒ニセコ⇒長万部⇒函館⇒快速「海峡」⇒青森⇒急行「八甲田」⇒上野
というルートです。道南ワイドを使い観光もせずただひたすら乗るだけという究極のムダ旅行でしたが今となっては良い思い出です。
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秋田駅のキハ40 551
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長万部のキハ40 111
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このテの保線車両も見かけなくなりました。まだこの頃はしっかり保線作業を行っていた、と思います(汗)
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札幌から小樽へは鉄道記念館へ向かうためED76-500牽引の50系客車に乗車していますが撮影はしていません。その代り小樽から札幌へ戻る際に乗車した711系はしっかり撮影しており何を基準に撮っているのか自分でもわかりません。
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東京へ帰る前日に千歳空港駅(現在の南千歳駅)に立ち寄っています。この日道内の一部区間で大雨により列車が遅れキハ82系による臨時特急が運転されました。突然やってきたのでどこ行きかは不明です。
帰路は「八甲田」で戻りましたが青森付近で雨となり翌日は東北本線で土砂崩れが発生し夜行は途中打ち切りとなりました。あっぶね!

探したらありました

長岡駅の新幹線ホームで喫煙所を探しにウロウロしていると番線表示が目に入りました。
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だいたいJR様式の黒字に方面が書かれた長方形タイプが多いかと思いますが、ここにはまだ数字だけの物が残っていました。ここまで停車する編成の列車が減ったのが撤去若しくは交換する事無く残ったのではないでしょうか。


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信越本線安田駅の跨線橋の下には道路の看板が置いてありますが、しっかり「日本国有鉄道」の文字が残っています。

団体さんです

昭和61年のある日、国鉄からDM?らしきチラシが届きました。内容は相模線自然の旅、というような内容の物で気がつけば申し込んでいました。
当日は新宿駅をEF64-0牽引の14系客車で出発。途中の国分寺駅で特別快速の通過待ち(当時は停まらなかった)をし八王子駅に到着しました。ここで方向が変わりDE10にバトンタッチされ単線時代の横浜線へと入ります。
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橋本からさらに相模線へと入りますが普段はキハ30系しか走らないので沿線からは注目の的です。
やがて列車は厚木駅(貨物)に到着しました。木製のステップで列車から降ろされます。
今は物流センターになっていますが当時貨物駅があり側線が何本もあり車両の展示を行っていました。どうやら「相模線全通55周年記念」のイベントを行っており屋台やら出し物ありで賑わっています。当日は生憎の雨で相模川が増水し河原で遊ぶ等のイベントは中止され(これで自然の旅ではなくなりました)イベント会場でテキトーに時間を過ごして下さいね、に変わりました。と言うワケで展示車両の撮影開始です。
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団臨を牽引したDE10とは別の機関車がHMを付けて留置。乗り放題、触り放題です。
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マニ36 2154
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ホキ2546
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ワフ29813
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ナハフ11 2021
他にも保線車両、24系寝台、14系客車、ヨ5000?、ワム8等が展示されましたが正直殆ど相模線と無関係の車両ばかりです。しかも中間車ばかり・・・。恐らく品川客車区等から適当に持ってきたのでしょう。
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再び列車に乗り茅ヶ崎へ向かいます。ここでまた方向転換となりEF65-1000に変わります。羽沢経由で貨物線をひた走り新鶴見操車場へ到着し時間調整です。
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解体待ちの貨車がズラリと並んでいますね。
何の案内もなく操車場の外れにしばらく停車しています。車内はいつ発車?とぼやく人もいますがなかなか見られない新鶴の奥の様子に興味津々です。
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列車は品鶴線を経由し新宿駅へ戻ってきました。
途中厚木駅以外の降車はなく案内も殆どなく自然の旅と銘打った企画は「自然の力」によって実行できないという中途半端な消化不良のような感じでしたが珍しい車両に触れ合う事ができて個人的には楽しかった思いがあります。

オレンジ色の憎いやつ

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西国分寺駅の201系です。デビュー当時と変わらず純粋な仕様です。
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特別快速のマークをつけると非常にカッコよく見えますね。デザインが良いのでしょう。
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関東では引退した201系ですが関西地区ではまだ頑張っています。しかしいよいよ世代交代が地被いております。

工場周辺を覗いてみれば

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大栄橋からの大宮工場です。ちょうどクハ111と14系客車が入場中です。しかも原型ライトの非冷房。
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解体線もあり以前は何かしらぶっ壊していましたが現在は長野で行われており最近はやってないようです。この日はキハ35-900が停まってました。

長野への特急

北陸新幹線が開業し約4か月。長野まで開業してた時は「あさま」1種類のみでしたが今は「はくたか」に「かがやき」と増え注目度UPです。
反面、各駅タイプとなった「あさま」は地味というか何というか・・・。
在来線特急時代の「あさま」は廃止直前に注目を浴びましたがそれまでは本数の多い特急程度の扱いだったような感じが個人的にします。
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年末の長野駅到着に到着した「あさま81号」で終点までほぼ満席でした。





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廃線跡

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川崎と川崎新町の間に残る貨物線の廃線跡です。1918年に開業しましたが1973年に廃止となっています。

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東海道本線金谷駅の大阪方にある牧之原トンネルです。手前まで駐車場となっていますので近づけますが内部はゴミと土砂が満載です。

きっぷいろいろ

昔使用した切符類が出てきました。もう販売していないものが結構あります。
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JRになってもうすぐ1年という時期の国鉄字紋の往復割引乗車券です。まさに高尾山周辺ハイキング用の切符です。

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上野駅撮影時に使用した往復乗車券です。東小金井駅発はD型硬券でしたが買いませんでした。

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かえり券ももらったはずなんですが紛失しました。

当時は結構往復割引乗車券やフリーきっぷが充実していましたが現在はSuicaへ半強制使用と誘導されてしまっており、普通に窓口や券売機で切符を買うという行動が減りました。

急行佐渡の思い出

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昭和59年末に新潟県柏崎へでかけ東京へ帰る時に冬休みだしせっかくなので従兄弟二人と一緒に東京(我が家)へ行こうとなり柏崎駅に向かいました。昼前に出発する急行「よねやま」に乗ろうと目論んでいましたが改札口へ向かうと人だかり。
どうやら安田駅付近で貨物列車が脱線し復旧の見通しがたたない、との事でした。一旦従兄弟の家に戻りどうするか相談します。
叔母が駅に問い合わせまだ復旧してないとの事で取りあえず長岡へバスで行きそこから東京へとなりました。
東本町付近から超満員のバスに乗りヘトヘトになりながら長岡駅に到着しました。みどりの窓口へ行くと何と復旧し急行「よねやま」はもうすぐ到着との事で指定券を購入しイザ改札へと向かいましたが、ここで驚愕の事実!

駅員「ん?よねやま?もう出たぞ。なあ、そうだよな?」
我々「え?さっき窓口でまだ発車してないからって言われたんですけど・・・」
駅員「えー?そうなの?ごめんな、ちょっと待ってろ。これ何とかならないの?」
と別の駅員に託しました。ラッチ脇で待つことしばし、上記指定券を持って現れ
駅員「ごめんな、この列車しか空いてないんだ。悪いね」
現代であれば駅員に喰ってかかるご時世ですが「ああ、そうですか」程度で我々も納得。
かくして急行佐渡の乗客へと変わりました。雪の降る長岡駅で待っていると165系佐渡が前面を真っ白にして到着しました。車内はガラ空き、と思いきや小千谷・小出・六日町・石打と停車する度にスキーヤーが続々と乗車し越後湯沢で満員御礼となりました。網棚から下がるスキー板。今ではなかなか見られません。
清水トンネルを抜けた頃は既に日が沈みかけ、暗闇の北関東をひたすら走り上野駅地上ホームに到着しました。
余談ですが隣の13番ホーム?には最後尾に荷物車を連結した客車急行が発車待ち。「能登」?「八甲田」?
結局、急行「よねやま」は乗ることなく「佐渡」と共に同年3月、上越新幹線上野開業に伴い廃止されてしまいました。